再生医療とは?わかりやすくメリット・デメリットや市場課題を解説
人類の夢であり、医療の未来を切り開く革新的な治療法として注目を集める「再生医療」。私たちの体に備わった驚くべき自然治癒力と最先端のテクノロジーを組み合わせることで、これまで治療が困難とされてきた疾患にも新たな光を当てています。
本記事では、この最新の医療技術である再生医療とはどのようなものか、分かりやすく説明しています。メリット・デメリットや再生医療市場の課題についても解説しているので、参考にしてください。
再生医療とは?わかりやすく解説
再生医療とは、人に備わっている自然治癒力を最大限に引き出す医療技術です。再生医療は、病気やケガによって失われた身体の機能を再生させることを目的としています。
もともと人の身体は、精子と卵子が融合した、たったひとつの受精卵に始まり、この受精卵が細胞分裂を繰り返すことによって筋肉や神経、皮膚、骨などさまざまな組織に発達したのです。
私たちの身体には受精卵のように、さまざまな姿に成長する「幹細胞」という細胞が存在しています。幹細胞は、細胞が損傷すると自ら細胞分裂を始め、傷ついたり不足したりした細胞の代わりとなることで、損なわれた機能を修復します。
この修復能力の身近な例が、トカゲのシッポです。トカゲのシッポは切れてもまた生えてきます。このシッポの再生に関与していると考えられているのが、筋肉に含まれている幹細胞なのです。
このような幹細胞の修復・再生能力を医療に応用するのが、再生医療といえます。
再生医療で使用される細胞の種類
再生医療に登場する細胞として、ES細胞、iPS細胞、体性幹細胞があります。それぞれどのような特徴を持つ細胞なのかを説明します。
ES細胞
ES細胞とは、さまざまな組織に分化できる「多能性幹細胞」のひとつで、「胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell)」とも呼ばれます。ES細胞は、人の受精卵をもとにして作られ、身体を構成するあらゆる細胞に分化する能力を持っている万能細胞です。
しかし、人の命の起源である受精卵から作られるため倫理的な問題が発生し、ES細胞の研究には各国で規制がかけられています。また、他人の受精卵をもとにした細胞であることから免疫拒絶反応のリスクもあります。
iPS細胞
iPS細胞とは、ES細胞と同じく多能性幹細胞に分類されます。iPS細胞は、ほぼ無限に分裂し、全ての種類の細胞に分化できるのが特徴です。人工多能性幹細胞とも呼ばれ、2006年に京都大学の山中伸弥教授らによって開発されました。
iPS細胞のもとになる細胞は、人間の皮膚から採取し、この細胞に遺伝子を導入することで作られています。つまり、iPS細胞は、自分の皮膚の細胞を使用できること、また自分の細胞であるため免疫拒絶反応が起こりにくいことから、ES細胞のような倫理的な問題も起こらないメリットがあります。
体性幹細胞
体性幹細胞とは、人の身体の各組織に存在し、病気やケガで損傷した組織の修復・維持をする役割を担う細胞です。いわば、人に備わった自然治癒力の源といえます。
体性幹細胞は、ES細胞やiPS細胞のようにどんな細胞にも分化できる能力はなく、一定の種類の細胞にしか分化できません。
多能性幹細胞と比べて分化能力は限定的ですが、患者自身の細胞を使用できるため拒絶反応のリスクが低く、すでに一部の治療で実用化されています。
再生医療のメリット
再生医療のメリットとして、さまざまな細胞に分化する能力、拒絶反応・副作用のリスクが低いこと、そして身体的な負担が少ないことが挙げられます。これらについて説明します。
さまざまな細胞に分化する
ES細胞やiPS細胞は、さまざまな種類の細胞に分化する能力があります。つまり、これらの多能性幹細胞は、損傷した組織や臓器を修復できる大きな可能性を秘めているのです。体のほぼ全ての細胞タイプに分化できるため、従来は治療が困難であった多くの疾病への応用が期待されています。
なお、体性幹細胞は、変化をする方向が決まっており、特定の細胞に分化する性質を持っています。例えば、体性幹細胞のひとつである造血幹細胞は、細胞分裂により赤血球や白血球などに成長しますが、その他の皮膚や角膜に分化することはありません。
拒絶反応・副作用のリスクが低い
再生医療では、自分の細胞を使用できるため、拒絶反応や副作用のリスクがかなり低くなります。自分自身の身体の組織から抽出した幹細胞を培養して注入する場合、身体が異物として反応することが少なくなるのです。
また、薬物療法とは異なり、外部から薬剤を投与するわけではないので、薬物による副作用のリスクも軽減されます。
このような再生医療の性質は、従来の臓器移植に伴う拒絶反応を解消する上で大きな役割を果たし、より安全な治療を提供する基盤となっています。
身体的な負担が少ない
従来の外科手術と比較すると、再生医療は低侵襲な治療法といえます。再生医療は体の幹細胞の自然治癒力を利用して治療を進めるため、大規模な手術を必要としないケースも多くあります。
細胞の採取は、採血や脂肪吸引などのみで済むため、身体へのダメージが少なく、治療後の回復も早くなります。長いリハビリや入院期間も必要ありません。
このように、再生医療は患者の身体に大きな負担を与えることなく治療が進められるのが大きなメリットです。
再生医療のデメリット
再生医療のデメリットとして、治療費が高額であることや効果に不確実性があること、そして再生医療を提供する医療機関が限られていることが挙げられます。
治療費が高額になる
再生医療の多くは自費診療として提供され、保険適用外となるため、一般的な治療と比べて費用が著しく高額になる傾向があります。最先端の技術を使用し、細胞培養など複雑な工程が必要となることから多大なコストがかかり、それが治療費に反映されるのです。
治療内容によっては、自己負担額が数百万〜1,000万円となる場合もあり、誰もが気軽に治療を受けられる金額とはいえないでしょう。
医療費の自己負担額が高額となった場合には、高額療養費制度の活用が考えられますが、この制度は保険適用される医療費を対象としているため、自由診療には適用されません。高額療養費制度を利用できるのは、保険適用された再生医療に限定されます。
効果が確実に期待できるわけではない
再生医療は比較的新しい医療技術であり、長期的な治療効果や安全性についてのデータが十分に蓄積されていない面があります。患者の状態や年齢、基礎疾患などによって治療効果に個人差が生じやすく、必ずしも期待通りの結果が得られるとは限りません。
再生医療の分野ではまだ臨床データが限られており、治療の成功率や長期的な効果については未知の部分も多く残っていることを理解しておく必要があります。
治療を提供できる医療機関が限定される
再生医療には特殊な設備や専門知識が必要であり、全ての医療機関で提供できるわけではありません。再生医療を提供するには、「再生医療等安全性確保法」に基づき、厚生労働省に提供計画を提出し受理される必要があります。
このような手続きを経た医療機関でなければ再生医療を提供できないため、治療を受けられる医療機関の選択肢は限られるのです。地域によっては、再生医療を受けるために遠方の医療機関に通う必要が生じる可能性もあります。
再生医療が応用されている分野
再生医療は、さまざまな分野で応用され、多くの患者の悩みや病気の解決に役立っています。その中でも、膝や歯、全身性疾患の治療、また美容医療は特に注目されている分野です。
膝の治療
膝の治療では、PRP(多血小板血漿)療法が広く行われています。PRP療法とは、患者自身の血液から採取した、血小板を多く含んだ血液成分を関節内に注入する治療法です。
血小板には組織の修復を促進する成長因子が豊富に含まれているため、変形性膝関節症などの疾患に対して効果が期待されています。
PRP療法は低侵襲で副作用のリスクが低いことから、従来の治療法と比べて患者さんの負担が少ないというメリットがあります。
歯の治療
歯の治療においては、歯髄幹細胞を用いた再生医療が行われています。歯髄幹細胞は、歯の神経や血管を再生する能力を持っているため、虫歯や歯周病で失われた歯髄の機能を回復させることが可能です。
この治療法で歯を失うリスクを減らすことができれば、インプラントなどの人工物に頼らず、天然の歯を長く保つことができます。
全身性疾患の治療
全身性疾患の治療においても再生医療が活躍しています。例えば、心臓病や糖尿病といった全身に影響を及ぼす疾患に対して、患者自身の細胞を使った治療が試みられています。
心臓病では、心筋梗塞などで損傷した心筋細胞を再生させることを目的とした治療が行われており、心機能の改善が期待可能です。
また、糖尿病では、インスリンを分泌する膵臓の細胞を再生する治療が研究されており、血糖値の安定化や糖尿病の根本的な治療が可能になるかもしれません。
美容医療
美容医療の分野にも、再生医療が応用されています。幹細胞療法では、老化によるシワやたるみの改善、傷跡の修復などの効果が報告されています。また、毛髪の再生を目的とした幹細胞治療も研究が進められており、将来的には薄毛や抜け毛の改善に役立つ効果も望まれています。
また、幹細胞から分泌されるエクソソーム療法も再生療法の一種として要注目です。エクソソームは、幹細胞の再生能力を有しており、肌の若返りやアンチエイジング効果があると考えられています。
再生医療に関わる法律
再生医療に関係する法律には、医療機関が医療として再生医療を提供する場合に適用される「再生医療等安全性確保法」と、企業が再生医療製品を提供する場合に関わる「医薬品医療機器等法」の2つがあります。
再生医療等安全性確保法
再生医療等安全性確保法(正式名称:再生医療等の安全性の確保等に関する法律)は、2014年に施行された法律で、再生医療等の迅速かつ安全な提供を図ることを目的としています。
この法律は、医療機関で行われる再生医療等を対象とし、臨床研究や自由診療として実施される再生医療等の安全性を確保するための規制を定めました。
再生医療等のリスクに応じて第1種、第2種、第3種の3つに分類し、それぞれに応じた手続きがあります。
法的分類 | 対象 | 詳細 |
---|---|---|
第1種再生医療等 | 高リスクな再生医療(ES細胞、iPS細胞など) | 特定認定再生医療等委員会の審査に通過し、厚生労働大臣に再生医療等提供計画を提出しなければならない |
第2種再生医療等 | 中リスクな再生医療(体性幹細胞など) | 同上 |
第3種再生医療等 | 低リスクな再生医療(体細胞の加工など) | 認定再生医療等委員会に通過し、厚生労働大臣に再生医療等提供計画を提出しなければならない |
例えば、iPS細胞を用いる高リスクな第1種再生医療等では、特定認定再生医療等委員会の審査と厚生労働大臣への計画提出が必要となります。
また、この法律では細胞培養加工施設の基準も定められており、医療機関内外での細胞加工に関する安全性確保のための規制も行っています。
参考:厚生労働省 「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」
医薬品医療機器等法
医薬品医療機器等法(正式名称:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)は、2014年月に薬事法から改正された法律です。
この法律は、医薬品や医療機器に加えて、新たに「再生医療等製品」という区分を設け、その製造販売に関する規制を定めています。
また、再生医療等製品の特性を踏まえ、条件及び期限付承認制度を新設しました。この制度により、治験データから有効性が推定され、安全性が確認された段階で、条件及び期限付きで製品の承認を与えることが可能となり、患者がより早期に再生医療にアクセスできるようになっています。
再生医療市場の課題
再生医療市場の主要な課題として、開発・製造に多くのコストがかかることと、実用化に向けた環境作りが必要となることが挙げられます。このような課題の解決が、再生医療の普及と産業化を推進する鍵となります。
開発・製造に多くのコストがかかる
再生医療等製品の開発・製造プロセスは、従来の医薬品と比較して複雑で高度な技術を要します。特に、細胞の培養や加工、品質管理には多大な労力とコストがかかります。
採取した細胞の品質を確保するためには、製造の各段階で厳密な検査・試験が必要となるため、どうしても製造コストがかさんでしまうのです。
実用化に向けた環境作りが必要
再生医療の実用化を促進するためには、規制の適正化や人材育成、産学官の連携強化など、多岐にわたる取り組みが求められます。
現在の規制は従来の医薬品を基準に作られているため、再生医療等製品の特性に必ずしも適していない面があります。安全性を確保しつつ、より効率的な開発・製造を可能にする規制の見直しが必要です。
また、再生医療に特化した専門知識を持つ人材の育成も急務となります。現状では、再生医療に関する幅広い知識と経験を持つ人材が不足しており、これが産業化の障壁となっています。
こうした課題を解決するためには、産学官が一体となった取り組みが不可欠で、従来の医療とは異なる高度な知識・技術を持った人材の育成が必要となるでしょう。
まとめ
本記事では、再生医療に関する基礎的な内容からメリット・デメリット、そして現代の再生医療が直面する課題について解説しました。
再生医療の普及と発展には、産官学が連携しながら、再生医療の実用化を加速するための規制緩和や、専門人材の育成プログラムの整備を推し進める必要があります。
同時に、医療機関への再生医療導入や、再生医療等製品の開発に関わる複雑な申請作業、厚生労働省・関係規制当局への相談業務などを円滑に遂行することも重要となるでしょう。
そのような際には、経験豊富な再生医療コンサルティングサービスを提供する企業に依頼をするのも、得策です。